きっかけ

不二菊小説第二話




その表情の変化はとても印象的だった。
無表情からスッとやる気の無さが抜け、瞳に生気が宿った・・・いや、戻ったというべきか。
とにかく彼を見た瞬間に不二はものすごい衝撃を受けたんだろう。
「彼の名は?」
入部届けを持っていったその日、「見学しておいで」との竜崎先生の言葉にテニスコートに入った俺たちの間で最初に交わされた言葉はこれだった。
「・・・手塚・・・だったかな。確か入ってすぐに3年の先輩ともめたとか言う」
俺は大石から聞きかじった内容をそのまま伝える。
「手塚・・・か。彼はすごい才能の持ち主だね」
「そんなことわかるもんなの?」
一瞥しただけでそれを理解してしまうということは、テニスをやったことが少しだけなんてうそなんじゃないかと変な疑いを持ってしまうような不二の発言だった。
「なんとなく・・・だけどね」
ふっと表情を緩め、いつもの不二の表情に戻る。
「ふーん、俺には全然わっかんねーなー。ま、テニスってやつもおもしろそーだってことはわかったけどね」
あはって笑うと不二も笑った。
「英二は大石くんにあわなくてもいいのかい?」
「ん、もう入部するって話はしてあるから、大丈ブィ♪」
「あ、うわさをすればってやつだね」
そんな話をしていると、大石がやってきた。
練習中だと思うんだけど、いいのかな。
「よぉ、英二。またえっらい美人を連れてきたな」
「なんだよーっ!それぇ!?不二は立派な男子ですよーっだ」
「いや、そういうわけじゃなくてだな」
「や、君がうわさの大石くんだね。菊丸くんと同じクラスの不二周助です。よろしく」
スッと差し出された手を握り返す大石。
なんとなく不満ーっ!
「英二、なに人を睨んでるんだ?」
「なんでもないですよーっだ」
「英二はかわいいなぁ」
「・・・はぁ?!」
そんな感想を漏らした不二に対して、俺と大石が同時に同じ反応をする。
「な・・・何言ってんだよ、不二っ?!不二のほうがよっぽどかわいいじゃんかっ!」
って、俺も何をいってるんだか。
「いや、英二がかわいいのはそうなんだが・・・って俺も何言ってるんだ・・いや、その・・・」
さらに大石の発言は意味不明を通り越している。
「あはは」
そんな二人のやり取りが面白かったのか、珍しく不二がおなかを抱えて笑っている。
「なんだよー、不二が変なこと言うから俺らが変な反応しちゃったのに、それを見て笑うなんてさー」
俺は素直に不満を言う。
「まぁまぁ、不二くんも思ったより楽しい人みたいだし、これから同じテニス部として一緒にがんばっていこうじゃないか」
「相変わらず大石はきれいにまとめようとするんだからーっ」
「いやいや、そういう存在って大切なんだよ」
「お、さすがわかってくれるかい?」
「苦労が絶えないだろうけどね」
「ぐぬっ!的確だなぁ」
苦笑しながらも、大石は不二のことを気に入ったようだ。
それにしてもこんなに簡単に溶け込めるし楽しい人なのに、なんで今までずっと教室で一人だったんだろう。
俺と話をしているときは特に違和感も感じないし、大石とも多分うまく話をすることができる。
それなのに・・・。
「どうしたんだい?英二?」
考え事をしていたので、ちょっと周りが見えなくなっていたようだ。
不二が俺の顔を覗き込んでいる。
「あ・・・いやいや、なんでもないんだ。ちょっと考え事をね」
「おいおい、英二が考え事なんて、どういうことだよ。不二くん、なんか変なモンでも食べさせたんじゃないだろうねぇ」
あはは。
と、大石がとんでもないことを言う。
「なんだよーっ!それじゃ俺が不二に餌付けされてるみたいじゃないかーっ!」
ぶーぶーと、文句を言うと、それにも不二はえらい勢いでウける。
「あはははは・・・。おなか痛いよ、大石くん、英二」
「なんだ、違うのか。クラスが別になったから新しい飼い主を見つけたのかと思っていたのに・・・」
大石がそういって真顔でうなずくから、さすがに俺と不二も呆れ顔になってしまった。
「いや、冗談だよ・・・冗談・・・ってわかってるよね?」
俺と不二がぼそぼそと話を始めたのにだんだん不安になってきたのか、大石が悲しそうな顔になってくる。
「あははっ!わかってるよっ!長い付き合いジャン!!」
ばしばしと大石の肩を叩く。
そんな光景を見て不二はニコニコしていた。
うーん、やっぱり不二が一人でいるのがなぜかわからない・・・。

しかし、その意味・・・というか答えを知るのはそんなに遠い先ではなかったのだ。


Tobe


2004 01/18 written by ZIN
1994-2004 MEGA-Company Co.Ltd ALL Right Reserved