2000 REPLICA MOON ALL Right Reserved
ソラノハテ
第1章:城
第5部:エスケープ



シウは久しぶりに思いっきり走っていた。
息が切れるほどの運動をしたのはどのくらい久しぶりだろうか・・・
シウの家から学校へは5回ほど階段を下りたところにある。
実際には城の構造は違法建築の嵐のため、正確には5階下というわけではないのかもしれな
い。
しかし、今はそんなことを考えているヒマすらなかったのだ。
自分が何者かに追われている。
そんなことが実際に起こるのか・・・
そのことが何度もシウの頭の中をかすめてはすぎていった。
『トウに迷惑がかからなければいいな・・・』
そんなことも考えてしまう。
後一つ階段を下りれば、3分ほどで学校の敷地内に入る。
4つ目の階段の最後の一段を降りたところで、シウの視線が廊下を挟んで反対側に黒いスー
ツの姿をとらえ、反射的に物陰に姿を隠す。
『もう、学校にまで手が回ったのか?』
そんな考えが頭をよぎる。
「大丈夫ですよ。たぶん、アレは学校の先生です」
Arkθにつないだイヤホンから、翁の声がかかる。
「そぉ?」
「ええ、今のところ、さっきシウの家まで追いかけてきた奴らが学校に向かった気配はあり
ません。それよりも早く向かわないと本当に追いつかれますよ」
せかすような翁の言葉に促されて、シウはまた走り出す。
物陰に少し隠れたときに息の調整はできた。
意外にも自分の体の調整が出きるものだなぁと、シウは人ごとのように考えながら、走って
いた。
そんなに運動をした記憶はないのに。
最終コーナーを曲がり、すでに人の気配が無くなった学校に入る。
学校に入るといっても、校庭や校門があるわけではなく、幾重にも重なった廊下の一つが学
校に通じていると言った方が正しいのかもしれない。
おおよそ、ここから『学校』と呼ばれるところにさしかかったときに、シウは翁に呼びかけ
た。
「んで、どこに行けばいいの?」
「とりあえず、中等部と高等部の接続廊下まで行ってもらえますか?」
「わかった。例の渡り廊下か・・・あんなところに・・・」
「そう言われると、そんな感じがするでしょ?」
意地悪そうな翁の言葉がイヤホンから聞こえる。
小脇に抱えているArkθの中にいるために、表情まではわからないが、にやっとしているであ
ろう翁の表情は想像できたので、あえて画面を開くことはしなかった。
口調でどんな雰囲気でいるかぐらいはわかる時間、一緒に過ごしてきたのだ。
それでもわからないことがあるなんて・・・
いや、その考えは今はよそう。
まず、この状況から脱出しなければならない。そのことが最優先なのだから。

・・・

幸か不幸か、誰にも会わずにその渡り廊下まで来たシウはようやくArkθを開いた。
「で、どうするの?」
これからの行動を促す。
「一つだけ、確認させてください。本当に城から出ることに依存はありませんね?」
もう、何度目かのその翁の質問にうんざりしながらも、シウは素直に答える。
「依存ナシ。だって、翁のことを知るためには、まず城の外に出ないといけないんでしょ?」
「ええ、そうです。シウが考えているいろんな疑問はその殆どが城の外に出ることで解決で
きます」
「それに何より、僕は城の外の世界を見てみたい。新しい世界を。本当の世界を!」
そのシウの言葉に翁はにっこりと微笑み、満足そうな表情を浮かべた。
「では行きましょうか。そこの『進入禁止』の扉を開けてもらえますか?」
「これ?」
ちょうど中等部と高等部の真ん中に城の中央とは反対側に向けて一つの扉がある。
翁はその扉を示した。
「そうです」
「でも、ここって、何もない小部屋じゃなかったっけ?進入禁止って割にはつまらなかった
なぁ」
「開けたんですか?」
翁は苦笑した。
「好奇心旺盛な中高生にこんな扉は開けるなって言う方が難しいと思うけど」
「それは確かにそうですね」
「まぁ、いいや。中に入ればいいの?」
「ええ」
シウは翁の導くままに、『進入禁止』とかかれた扉を開く。
そこはシウが学校の仲間と興味本位で開けたときと、変わらずに、そのまま味気ない小部屋
のままであった。
「ホントにここでイイの?」
疑いの視線をArkθに映る翁に向かって投げかけるが、翁はどこ吹く風といわんばかりに取り
合わない。
むしろ、シウにその秘密を示すのが楽しみのようにも見て取れる。
「いいんですよ。さぁ、その奥に扉があるでしょう?」
「うん、でも、この扉は前に開けようとしても、びくともしなかったよ。数人で力任せに開
けようとしても、どうしようもなかった気がするけど」
「そりゃあそうです。簡単に開いちゃった日にはここが進入禁止にして有る意味が無いじゃ
ないですか」
苦笑しながら、翁は説明を始める。
「まず、横にあるコネクタにArkθから引き出したモジュラーケーブルを差し込んでくれます
か?」
「もじゅらーけーぶる?」
「そうです」
「・・・もじゅらーけーぶるって・・・何?」
思わずがくっとなる翁。
それもそのはず、翁は単純に使用したことがあるから表現したのであるが、シウの世界には
電話線と言う物が存在しない。
すでにすべてのケーブルがLANで接続されている世界では、各部屋や、学校、施設、行政
組織まで、すべての連絡網はLANによって構築されているのだ。
最初からLANによって構築された世界。
たとえ過去に電話線があったとしても、低速な回線をわざわざ構築することがあり得るだろ
うか?
ノートPCによる端末間どうしのテレビ電話・・・いや、動画通話とでも言えばいいだろう
か。すでにその通話が普通な世界にモジュラーケーブルという物はすでに存在していなかっ
た。
逆に、城の外部との接続も存在自体が封印されていた。
「モジュラーケーブルというのはですね、電話線とPCを接続するために必要なLANみた
いなコネクタをつかった接続ケーブルの事を言うんですよ」
「じゃあ、LANでいいじゃん」
もっともな意見である。
「その昔、LANで世界が構築できるなんて、夢のまた夢だったのです。インフラが整備さ
れていない時代というのもあったのですよ」
翁は遠い目をした。
「んで、この扉の横のコネクタはそのモジュラーケーブルをつなぐというわけだね?」
「そうです。LANのコネクタのみが存在する世界はコネクタの形状自体がセキュリティに
なるわけです。なぜなら、物理的に接続ができないのですから」
「そりゃそうだねぇ・・・よっと。これでOKなはず。どぉ?」
「ちょっと待ってください。・・・OKです。接続もまだ健在なようです。5分ほどで、扉
が開けるようになりますよ」
「了解」
翁が作業に入っている間、シウはその小部屋を眺めた。
外の扉を閉めている以上、そう簡単にここが見つかることはないだろう。
組織の人間がここを知っていれば、真っ先にここをねらってくるかもしれないが、翁の口振
りからは、それも無いように見える。
小部屋は2メートル四方ほどの大きさで、掃除用具などが無造作に放り込んであった。
高さはシウがちょうど立って頭がぶつからないぐらいだろうか。
むしろ低いと言うべきかもしれない。
その一番奥に、掃除用具に隠れるようにして扉が一つある。
ダストシュートの用にも見えるが、明らかに厳重な封印をしてあり、その思いハンドルは人
間が簡単に操作できるような物には感じられなかった。
そのすぐ横にあるコネクタは、さっき翁に教えられるまでシウは知らなかったと言うことも
あり、接続自体ができなかったので、扉との関係を調べようにも調べようがなかったのであ
る。
扉を調べるようにのぞき込んでいると、翁から終了の声がかかった。
「シウ、終わりましたよ。これで、扉を開ければ一気に外まで出られるはずです」
「はず?」
「ええ、もう何十年も昔の通路ですからね。今となっては・・・」
「って、そんなに現状がつかめない通路なの?コレ」
「それだけの覚悟はしてきたんですよね?」
「もちろん!」
翁の真剣な表情にシウの緊張感も高まる。
「・・・冗談です」
「だあぁ・・・・なんでそこでまじめな顔して冗談を言う!?」
思いっきり脱力したシウはあきれ顔で翁にくってかかる。
「でも、半分は本当ですよ。全部が全部私を信じちゃいけません。それは冒険というのは自
分で切り開いていく物ですから。もっと言うと、真実と虚実をちゃんと見極められる目を養
うのも必要な能力の一つだと思ってください」
「そういうことね、OK!ちゃんと覚えておくよ」
「じゃあ行きましょうか」
「開くよ?」
「はい」
ごごごごごごご・・・・
何十年も昔の扉と言うだけあって、その扉は重く、シウの力でやっとというところであった。
その中をのぞき込んで、シウが正直な感想を述べる。
「・・・これ、通路と言うよりは、脱出口・・・いや、ダストシュートに近くない?」
「よく気がつきましたね。大正解です。観察力有りますね」
「いや、そう言う問題じゃないと思うんだけど・・・」
勘弁してくれと言わんばかりのシウの視線が翁に刺さる。
「わかっていますって。ダストシュートで正解なんです。正確に言うと、現在、城の外に脱
出できる通路は、中央制御室か、このダストシュートしか残されていないんです。気軽に脱
出されても困りますからね」
「困る?」
引っかかる物言いにシウは聞き返すが、翁は軽く流した。
「それは追い追いということで・・・」
「ま・・・いいけどさ。じゃあ、話も付いたところで、城のゴミは外に脱出するとしますか」
「うまい表現ですね」
「ほめてないけど?」
「いいんじゃないですか?」
「せーのっ!」
シウは一気に扉に飛び込んだ。
ジェットコースターのような感覚でどんどん下っていく。
これからどんな出来事が待っているのだろうか。
シウは期待と不安に胸を躍らせながら、その落下を楽しんでいた。

・・・

ごごごごご・・・・・
開けるときは手動だったにもかかわらず、扉は自動的に閉まった。
閉まった後にロックまで自動的にかかる。
進入禁止の名前が付いたその部屋にはまた静寂が訪れた。
がちゃり。
ようやく訪れた静寂を黒いスーツを着た男が乱す。
「おい!ここにはいないぞ!」
のぞき込んで、一通り見回した男が後ろのメンツに叫ぶ。
「どこに行きやがった・・・絶対に見つけるんだ!外に出られたら、大変なことになるぞ」
ばたん!
進入禁止の名前が付いた扉は乱暴に閉じられ、また中には静けさが戻った。
またしばらく静寂がこの部屋を支配することになるだろう。
何十年も静寂が支配してきたのだ。
またそれが続くだけの話。
次にその静寂が破られるのはいつのことだろうか。
それはまた別のお話。

第1章 完

2000 06/07 written by ZIN
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