桜と杯



「こちらでしたか、捲簾大将殿」
桜の花が、そよ風が吹く度にきらめく雪のように舞い散る中、天蓬元帥は天界の宴を途中で抜
け出した捲簾大将を探していたのだ。
「まぁな、そっちこそ、こんな所をうろついていていいのか?おれがいない以上、副官である
”元帥”がいなくては話にならんだろう」
捲簾は、人が乗れるぐらいの太い桜の木の上に腰掛け、杯を傾けていた。
「大丈夫ですよ。私たちの部隊には私たちがいなくて困るような隊員はいませんから。それに
、せっかく捲簾大将を探してこいと言う命令を上級神の方々から拝命しましたので、早速抜け
出してきたというわけです」
ほほえんで捲簾の話をさらっとかわす。
「なるほどな。お?ということは・・・」
今まで遠くを眺めていた捲簾が天蓬に視線を向ける。
「そういうことです。捲簾を探してこいとは言われましたが、いつまでに帰ってこいとは言わ
れていませんので、ゆっくり探しに来たわけです」
そこまで話して天蓬は、ようやく捲簾が腰掛けている桜の木の下にやってきた。
「花があって、酒がある、そして・・・よい相手と語らう・・・十分じゃないか」
視線を遠くに戻し、杯の中の残り少なくなった中身を軽く傾け、自分のよき相手が来たことを
確信しながらのどに流し込む。
「おまえもどうだ?これだけのいい日和だ。少しぐらいゆっくりしていっても誰も文句なんか
言わないだろう?」
「ええ、せっかくですからいただきましょうか」
捲簾はその言葉に頷くと、杯を持った手で親指をはじき、杯を天蓬にほおってよこした。
その杯を思わず両手で受け止め、天蓬がよろけた瞬間に捲簾は桜の木からひらりと飛び降り、
転びそうになった自分の副官を抱き留めた。
「すみません、突然だったもので」
「かまわんさ。まぁ、座れよ。上に座ってみるのもいいが、気のあった奴と、下に座って、こ
れだけ多くの桜を見上げるのもなかなかできる事じゃないからな」
天蓬は、その言葉に少し照れた笑いを浮かべながら、捲簾が座っていた桜の木の根本に腰を下
ろす。
続いて、捲簾もその隣に腰を下ろし、軽く木の幹に寄りかかる。
「で、向こうの方はどうなっているんだ?」
懐から酒の入れ物を取り出すと、天蓬に薦める。
「ええ、上級神の方々はこの雰囲気に上機嫌ですよ。アレなら、大分長い間、楽しんでいてい
ただけるのではないでしょうか?まぁ、部下のみなさんは大変でしょうけど」
杯に自分の上官から酒をうけながら、天蓬は自分が出てくるまでの状況を手短に説明した。
「何を人事のように説明しているんだ?あいつらはおまえにとっても部下だろう?自分だって
抜け出してきたくせに」
意地悪い言葉を天蓬の顔を覗きながら、投げかける。
その言葉に天蓬はさらりと言ってのけた。
「私はあなたの部下であること以外に興味はありませんから」
思わずきょとんとした顔をした後に言葉の意味を感じて捲簾は耳まで真っ赤になる。
「おい、むやみにそういうことを言うもんじゃないぜ、勘違いされたらどうするんだ?」
「勘違いしてくださってもかまいませんよ。特に問題はありませんから・・・」
「おいおい、勘弁してくれよ・・・」
「いやぁ、それにしてもきれいですねぇ。他には誰もいませんし・・・もう少しゆっくりして
いきましょうか?」
本気で困っている捲簾をよそに、天蓬は杯を軽く傾ける。
「おまえ、結構いい性格してるな」
「ほめ言葉と受け取っておきましょう」
ジト目で自分の顔を見つめる捲簾と軽く視線を交わすと、肩を寄せ、杯を相手に渡す。
「ふぅ、そうだな、もう少しだけ、この雰囲気を楽しんでいくとするか・・・」
捲簾は残った酒を一気にあおると新しく酒をつぎ直した。
「そうしましょう」
二人の時間は止まったようにゆっくりと流れてゆく。
この天界にまるで二人しか存在しないように・・・

FIN





1999 06/03 written by ZIN
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