生命線(悟空&八戒)




「ねぇねぇ、八戒ぃ」
いつものように朝食が終わり、三蔵は部屋に戻り、悟浄はタバコをくゆらしながら外へでてい
った後、普段なら真っ先に外に飛び出してゆく悟空が八戒に話しかけてきた。
「ん?どうしたんですか?悟空」
食器の後かたづけをしながら、八戒は軽い感じで悟空に返事をした。
「んーーーーーとぉ」
少し悩んでいる悟空をみて、八戒は水道の水を止め、椅子に座るように促した。
悟空はこくんとうなずくと、素直に椅子に戻った。
戸棚から少し菓子を取り出し、テーブルの真ん中におくと、八戒も反対側の椅子に座った。
「何か悩み事でも?」
「うーーん、悩み事ねぇ、いや、悩み事とはちょっと違うかな?」
それでもしきりに悟空は首を傾げている。
「じゃあ何でしょうか?」
八戒は優しい顔をしたまま、ゆっくり悟空が話し始めるのを待った。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「八戒って、死にたいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ、むかしはね。」
少しだけ驚いた顔をした後、八戒は静かに答えた。
「昔って事はさぁ、今は違うの?」
「そうですね。今は違いますね。こないだ悟空が僕の手にマジックで生命線を書いてくれたと
きにはっきりしました」
「えーーーー、なに?あれまだ怒ってるのぉ?」
悟空はその言葉を聞いて、すこしむくれた。
八戒はあわてて否定をした。
「違いますよ、あれはすごくうれしかったんです。だって、私に生きていてほしいっていって
くれる人がいるって事がわかったんですから・・・」
「そういうものなの?」
「ええ、だって今まで私は誰にも生きてほしいなんて思われたことありませんでしたから」
「わりぃ、結構まずいこと聞いちゃったのかな?」
悟空は頭をかきながら、うつむいた。
「別にかまいませんよ、それよりも、なぜ、悟空は突然そんなことを聞いたんですか?」
「何で気になったのかって言うとね、こないだ俺が八戒の手に生命線を書いたとき、八戒がも
のすごくうれしそうだったのと、横顔がものすごく寂しそうだったから・・・」
その言葉に八戒ははっとした。
自分のことをみている存在がいることがわかったからであった。
「結構こんな私でも見ている人がいるものですね」
「前から思っていたんだけどさ、何で八戒ってそんなに死にたかったの?」
相変わらず、悟空は八戒の瞳をまっすぐに見つめてくる。
八戒は今まではこういう視線が一番苦手であった。
まっすぐに見つめる瞳。
疑うことを知らない純粋な感情。
裏切られたとしても、彼はまっすぐにその事実を向き合うのであろう。
自分にはできない。
だからこそ今までは目を背けてきた。
しかし、悟浄と出会い、三蔵とともに旅を続けるうち、八戒にも事実と向き合うという彼らの
姿勢がわかってきた。
そして、一番物事にまっすぐなのが、悟空なのだ。
何者にも負けない、まっすぐな心。
それは時として、幼稚な印象を与えることもある。
また、本人の意思とは無関係に人を傷つけることさえ・・・
しかし、その道を選んだ悟空はそれすらもおそれないほどのまっすぐな心を持っている。
八戒の考えを感じてもおそれない。
自分の疑問をまっすぐにぶつけてくる。
「簡単なことです。自分のすべてだと思っていた人が死んでしまったからですよ」
「それって好きだった人?」
「そうです、彼女が死んだとき、私には、もう生きる価値はないと思いました」
悟空はちょっと首を傾げた。
「それだけで、死んじゃおうとするのはおれはよくわかんないや。でも、俺も岩の中で500
年もいたけど、一度も死のうと思ったことはなかったよ。だって死んじゃったらそれで終わり
じゃん。せっかく何百年も生きられるんだから、わざわざ死のうなんて、変だよ」
「確かにそうですね。でも、そのとき私はまだ人間でしたから・・・」
「あ、そうか、でも、人間でも一緒だと思うよ。自分から死のうと思ったら、それで負けだも
ん。俺は負けるのは嫌いだから、絶対死んでやるもんかって、思ってた。ただ、自分ではどう
しようもないから、ずっと助けを呼んでいたけどね」
「あ、それで三蔵なんですね」
「そういうこと。うん、まぁ、いいや。八戒が今は死にたいと思っていないことが確認できた
だけでもうれしいから、よかった」
「うれしい?」
「そう、仲間内で、死のうなんて思っている奴がいるのっていやじゃん?だから、これからも
一緒にいたい、八戒がもしそう思っているなら、一発ぶん殴ってやろうと思ってさ」
「ずいぶんと怖いですね」
八戒は思わず苦笑した。
「笑い事じゃないぞ。本気でそう思っていたんだからな」
「はいはい、ありがとう、悟空。そう思ってくれる人がいる限り、僕は死のうなんて思ったり
しませんよ。大丈夫です。さて、そろそろお昼の用意でも始めましょうか」
八戒は、そういって、席を立った。
「お?じゃあ、その前に俺はちょっと外に行って来るね。変なこと聞いちゃってごめん」
「気にしないでください。お昼には遅れないでくださいね」
「わかった」
そういって、悟空は外に飛び出していった。
さっきまで真剣に生きるか死ぬかの考えを話していたとは思えないほどの元気良さだ。
あそこまではなれなくても、生きることに正直でいようと八戒は思った。
自分が自分であるために・・・
こんな自分をみてくれている彼らのために・・・

FIN






1999 03/16 wrihted by ZIN
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