「八戒〜、はらへったぁ〜」
食堂のいすに座り、本に熱中していた八戒はその声に現実に引き戻された。
「え?あ、はい、どうしましたか?悟空」
「ど〜しましたか?じゃねーよ、腹減ったってば!」
一瞬だけ不思議そうな顔をしたが八戒ははっとした顔をして食堂の時計を見る。
すでに7時半を回っていた。
これでは普段は6時をすぎれば「はらへった」を連発する悟空にとってはたまらないだろう。
「ごめんなさい、すぐに作りますね。15分だけ待ってください」
ぱたぱたと台所の水場にかけてゆき、八戒は夕飯を作り始めた。
悟空はとりあえずどうしようもないので、テーブルにつき、八戒が読んでいた本をひっくり返
している。
「そういえば、悟浄と三蔵はどうしましたか?」
台所の奥の方から八戒の声が聞こえる。
「ん〜と、三蔵はなんか変な坊さんがきて、いろいろはなした後に、出かけてくるっていった
まま、どっこいっちゃった。悟浄は後はヨロシクって、いってたけど、どういうことなのかは
わかんねーや」
「へぇ・・・悟浄が後はよろしくネェ・・・」
少しだけ八戒のこめかみがぴくついたように見えたのは悟空の錯覚だったのだろうか?
「・・まぁまぁ、とりあえず、二人ともいないみたいだから、おれ、その分大盛りね」
「はいはい、わかっていますよ。でも、三蔵の分は少し残しておきましょう、どうせ、お寺で
はもてなされたとしても、あの人を満足させることなんてできないでしょうから」
くすくすと三蔵をもてなす僧侶達の姿を想像して八戒は笑った。
「後どれくらい?」
まだそんなに時間が立っていないにも関わらず、悟空はまちきれないのか、八戒をせかす。
「暖まるまで待ってくださいね。悟空も冷たいご飯より、暖かいご飯の方がいいでしょう?」
「うん、そうだね、んじゃあ、俺手を洗ってくるよ」
「そうしてください。戻ってくる頃にはできていますよ」
悟空は洗面所に手を洗いに行った。
「しかし、悟空と二人というのも奇妙な感じですねぇ」
八戒は一人つぶやいた。
ぷしゅーという鍋の蒸気の音を聞き、料理が無事に暖まったことを知ると、八戒はテーブルか
ら再び台所に戻り、多少味を調えてから盛りつけを始める。
てきぱきとこなす盛りつけに、二人分にしては多めの献立が完成した。
「うわーい、二人がいないとこれだけ食えるのかぁ。ちょっと嬉しかったり」
悟空は目の前のごちそうがいつもの倍は食べられるのかと思うと、素直に感想をもらした。
「そんなことを言うと、三蔵からハリセンでひっぱたかれますよ」
そう言う八戒も別に本当に起こっているわけではない。
悟空が本当に自分の作った料理を楽しみにしてくれているのが嬉しいのだ。
「じゃ、いっただっきま〜す♪」
食事の挨拶もするかしないかと言うところで、悟空は早速箸に手を伸ばし、もくもくと口にほ
おばり始めた。
「別にそんなに急いで食べなくても、ご飯は逃げませんよ。ゆっくり食べた方がおいしさを味
わえるとは思いませんか?」
「ええ?でも、ゆっくり食べたら、さめちゃうじゃん。さっき八戒も言ったけど、暖かいほう
がおいしいからね。それに、俺、めっちゃ腹減ってるから、とまんないよ」
そこまで一気にしゃべるとまた黙々と食べ始めた。
「まさか僕が料理を作ることになるなんてねぇ」
八戒は本当においしそうにご飯を食べる悟空を見ながら、自分の箸を休め、小さな声でつぶや
いた。
「ん?なんで、八戒がご飯を作るのが不思議なの?」
悟空は素直にそう思った。
こんなにおいしいご飯を作る人が、ご飯を作ることに疑問を持つなんて、悟空には考えられな
いことであったからだ。
「それは・・・姉が僕なんかとても及ばないほどおいしい料理を作ってくれていたからですよ。
たった数年しか一緒には暮らせませんでしたけどね」
その言葉を聞いて悟空は少し曇った顔をした。
「あ、俺、無神経なこと言っちゃったかな?」
本当にすまなそうな顔をする悟空。
八戒は苦笑しながら、悟空を責めたりはしなかった。
「大丈夫ですよ。もう、だいぶ昔のことですし、そんなにいやな話ではないんです。だって、
今はそんな僕のご飯をこんなにおいしそうに食べてくれる人がいるんですから」
八戒が自分に感謝していることを感じ取った悟空は頬を赤くしてまた食事に戻った。
今度はただがつがつと食べるのではなく、さっき教わったように味をかみしめながら・・・
「ホント、うまいよ。いろんなモノ食べている俺が言うんだから、間違いないって」
悟空は本当においしそうにしながら、八戒に太鼓判を押した。
「ありがとうございます」
そう言う八戒の笑顔は幸せそのものであった。
FIN
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