それぞれのクリスマス(4人)前編




「世間はクリスマスですねぇ」
いつものように宿に泊まっている一行は食堂とは違うちょっとした大部屋で初めて4人でのク
リスマスを迎えていた。
「そうだなぁ。男ばっか4人でクリスマスってのも普段なら、ヤなかんじだが、たまにはいい
かもしんねぇな」
「おや?昨日の女性はどうしたんですか?いつものパターンなら、そろそろ怒鳴り込んできて
もいい頃では?」
「オマエ、ホントいい性格になってきたな。三蔵に似てきたんじゃねぇ?」
三蔵は新聞に眼を向けていたが、自分の名前がでたのを耳にして、少しだけにらむような視線
を悟浄に向けたが、いつも通りの大したことではない内容だと判断したのか、すぐに元の新聞
に視線を戻した。
「いいえ、いつだって、そうじゃないですか。でも、ホント、世間はクリスマス一色ですねぇ」
外を覗きながら、夕闇に沈んでゆく太陽とともに浮き上がってくるイルミネーションを眼にし
て、八戒が感嘆のため息をもらす。
部屋の中は暖かいのだが、窓のすぐ近くで、外をのぞく八戒の息は少しだけ白くかかって見え
た。
「そんなにはっきりいつも通りって言われるとショックだなぁ」
多少の自嘲を込めて、悟浄はつぶやく。
「なぁなぁ、くりすますって、いっぱい飯が食えるんだろ?早く夕飯にならないかなぁ?」
悟空はしばらく外のイルミネーションを八戒とともに見つめていたが、それも飽きてしまった
のか、八戒のそばに寄り添い、食事の催促をする。
実際にはこの宿は食事は自炊ではないので、八戒に食事の催促をするのは見当違いなのだが、
いつも通りの反応に八戒は優しい笑顔とともに答える。
「もう少し待ってくださいね。たぶん、宿屋の女将さんが今日はクリスマス特性のご飯を用意
してくれるはずですから」
その言葉を待っていましたとばかりに、悟空はぶんぶんと頭を縦に振る。
「うん!わかった。でも、いい加減おなかがすいたなぁ。ちょっと外にいって、なんか買って
きてもいい?」
「別にいいんじゃないですか?あんまりたくさん買わないようにしてくださいね」
少しだけ伺うように三蔵の方をみる。
三蔵は興味なさそうに新聞から視線をはずさなかったが、八戒の問いかけには気づいたようで、
勝手にしろと、少しだけ肯定の意味を示した。
「じゃあ、行ってらっしゃい。でも、外は寒いですから、暖かくしていってくださいね。妖怪
とはいっても、風邪は引くんですから」
急いで飛び出していこうとする悟空を呼び止め、マフラーをかけてやる。
「さんきゅ」
悟空はその行為をうれしく感じたのか、満面の笑顔で感謝の意を述べる。
「馬鹿は風邪ひかねぇんじゃねぇの?」
前の日に八戒が指摘した女性からもらったクリスマスプレゼントだろうか?指輪を手先でもて
あそびながら、悟浄は悟空につっかかる。
しばし、いつも通りのどたばたを警戒した八戒と三蔵に緊張が走るが、意外なことに悟空はそ
んなことは大したことではなかったらしい。
「風邪引かなければ、もっと動きやすいのにな」
それだけ言うと、悟空は八戒にかけてもらったマフラーを抱えるように外へと出かけていった。
「一本とられたな」
ぼそっと三蔵がつぶやく。
「大人になってきたんでしょうか?彼も・・・」
八戒も窓から外を覗き、町に向かってかけていく悟空を見つめながら少し寂しそうな声を上げ
る。
「いや、食い物のことしか頭になかっただけじゃねぇの」
少しだけ間をおいて、八戒はぷっと、苦笑した。
「そうかもしれませんね。ある意味いつも通りだったのかもしれません」
「くだらん」
相変わらずのコメントの少なさだが、三蔵は三蔵なりに考えているようだ。
「で、悟浄はなんで今日はそんなに余裕なんですか?」
「えぇ?まだ俺に話を振るの?」
ソファーの上に寝っころがっていた悟浄はめんどくさそうに八戒の方をみる。
「だってあまりにも例年と違って、あなたがあわてていないものですから」
八戒はあまり表情は変わらなかったが、多少悟浄をかまっているようだ。
「イジワル」
それだけ言うと、悟浄は八戒から視線をはずし、つぶやいた。
「簡単なことだ。昨日のうちに一日は足腰たたなくしてあげただけですよん」
「・・・」
少し想像したのか、八戒は言葉に詰まる。
「まぁ、腰に自信のある俺としては、丸一日は安心していられるってワケよ。たまには静かな
クリスマスイブって言うのもいいもんだろ?」
「確かにそうですねぇ。毎年毎年怒鳴り込んでくる女性をいませんからってお引き取り願うの
も大変でしたから」
ふぅ、と、ヤレヤレといったかんじで肩をすくめて八戒は悟浄を責めた。
「いや、だからその分いつもイブの夜は一緒に過ごしているじゃん」
「悟浄、どういう誤解を受けるような発言は控えてほしいんですけど・・・」
「ええ?俺は誤解されても全然かまわないんだけど?」
にやにやとしながら、悟浄はいすに腰掛けている八戒にしなだれかかっていく。
「だから、そういうことを・・・」
そういいつつも、特には抵抗をしない八戒。
これがいつも通りの二人なのだ。
三蔵も視界に二人が入っているはずなのだが、特に興味なさそうである。
「このままやっちゃおうかなぁ」
そう言って悟浄が八戒の肩に手を回したとき、宿の玄関で大きな声がした。
「悟浄さーん、なんか、女の人が玄関にいらっしゃって、すごい勢いで、あなたを出してくれ
って言っているんですけど」
宿の従業員がおそるおそる部屋のドアを開けて、玄関での騒動の原因を告げにくる。
「・・・やっぱりいつも通りじゃないですか」
苦笑して八戒は悟浄の肩をぽんっとたたくと、テーブルにお茶を注ぎに立ち上がった。
「ええ?そんなはずは・・・うげ、おとといの女じゃん。俺は対象外だったはずなのに、しく
った・・・ワリィ、八戒、後ヨロシクな。夜には帰ってくるわ」
そういうと、悟浄は玄関と反対の裏口からさっさと逃げ出していった。
「まったく、懲りない人ですねぇ」
「あ、あの・・・」
従業員がことの顛末を飲み込めずに居場所なさげにおろおろと扉のそばで突っ立っている。
「あ、スミマセン、その女性の方をこちらに通してください。後は私の方で何とかしますので。
いいですよね三蔵?」
「なるべく静かにな」
「もちろんです。じゃあ、ヨロシクお願いしますね」
そう従業員に告げると、従業員はやっと解放されたと思ったのか、早足で表玄関の方へと戻っ
ていく。
「ま、正直に言うしかないでしょ?」
一人ごちると、八戒は連れてこられる女性を待った。
やかましい文句の嵐とともにその女性は現れたが、部屋の中に悟浄がいないことを確認すると、
八戒に居場所を聞いた。
「とりあえずここにはいませんよ、彼は」
「隠すと、身のためじゃないわよ」
女性は一歩も引かない構えだ。
「少なくとも、約束をされたとかではないんでしょう?大人の関係は理解してほしいですね」
あまりにも倫理的な表現に女性はさらに激昂する。
「悟浄を出しなさいって言っているの!!」
聞き分けのない女性に八戒は少しだけ表情を変えた。
それはごくわずかで、表面上は柔らかい笑顔のままなので、視線の鋭さの違いぐらいしか読み
とれない。
「ほどほどにしておけよ」
場違いな三蔵のコメントに女性は一瞬だけ何のことだろうと思いながらも三蔵をにらみつける。
「ええ、もちろん」
「なに穏やかに私を無視して会話してんのよ。悟浄を出しなさいって言っているでしょ!」
「ええ、だ・か・ら、悟浄はいないといっているんです」
一瞬にして語調が変わった八戒をみて、怒鳴り込んできた女性は見る見るうちに青ざめていく。
「あ、あなた・・・」
「お引き取り願えますよね?」
「え・・ええぇ、そうね、おじゃましちゃったわね。ごめんなさい。おほほほ」
顔を引きつらせながらも、自分の命の不安を敏感に察知したその女性はそそくさと退散してい
った。
「やりすぎじゃねぇのか?」
一連の流れを全部みていたにもかかわらず、それでも新聞から視線をはずさないで三蔵が八戒
に問いかける。
「あんなもんですよ。僕たちは所詮ゆきずりの旅人、禍根を残さない旅をしないと」
にこやかに建前を言う八戒に三蔵が視線を向けていぶかしげに問う。
「それだけか?」
「もちろん悟浄に変な虫が付かないようにするためでもありますよ」
口元のゆがむ八戒をみて三蔵は一瞬ぞくっとした。
「ま、ほどほどにな」
「ええ」

つづく





1999 12/31 wrihted by ZIN
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