「おいおい、うちにこんなのあったっけか?」 悟浄はいつも通り、酒場で適当に賭事で生活費を稼いでから、帰ってきた瞬間、開口一番その セリフを言わざるを得なかった。 「いえ、無かったので、買ってみました」 いつもの通り、こともなげに言う八戒が居間で飾り付けを行っていたのは、7段にも及ぶ雛飾 りであった。 「買ってみましたって、オマエなぁ・・」 楽しげに飾り付けを行う八戒の姿を見ると悟浄はそれ以上言うことはできなかった。 「ちょっとだけ、聞いてイイか?」 「はい、なんでしょうか」 「うちに女の子なんていたか?」 「いませんよ」 「・・・」 悟浄はあまりにも当然である八戒の返答に言葉を失った。 「いませんよって、じゃあ、なんで、こんなのがここにあるんだ?」 つかつかと、雛飾りに歩み寄り、雛壇をぽんぽんと示すように軽くたたく。 「まぁ、イイじゃないですか、そのうち僕たちの間にできるかもしれませんし」 「え゛・・・」 悟浄の反応を見て、八戒がほほえむ。 「冗談ですよ」 「・・・」 「季節柄だと思って、楽しみましょうよ、今まで、こんな事は経験無いでしょうし」 少し間をおいてから悟浄もうなずいた。 「しゃあねぇな、つきあってやるよ」 ・・・ しばらくして飾り付けの終わった雛飾りを見ながら二人は白酒を飲んでいた。 「なんで僕が雛飾りを飾ろうと思ったかわかりますか?」 「いや、なんとなく・・じゃ、ねぇんだろうけど」 悟浄は少しだけ考えたが、どうせわからないので、考えるのをやめた。 「むかし、保育所の仕事をしていたときに、子供達のために雛飾りを作ったんですよ。それを 見て、花楠にも見せてあげたいなぁと思っていたんです。僕たちは二人とも小さい頃は雛飾り なんて見たこともなかったですから」 少しだけ遠い目をして八戒は話を続けた。 「それでね、今回悟浄とであってからはじめての3月3日を迎えるのに、一緒に雛祭りを祝え たらなって、思ったんです」 「俺はそんな事を思うあいてなんていないぜ」 悟浄は八戒の話を聞いていたが、あえてとぼけた。 「そんなワケはないです。思っていた相手とこの日を迎えることがなかったというところで、 僕たちは同一のはずですよ。今更隠さないでください」 とぼけた悟浄の顔に唇が重なるほど近づいて力説する八戒に顔を赤くしながら、悟浄は肯定す るしかなかった。 「まいった、まいりましたよ。そうです。俺もそのクチだよ。所詮は叶わない思いだったけど な」 その言葉を聞いて、八戒は嬉しそうに元に位置に戻った。 「ゆっくり楽しみましょうよ。急ぐ必要なんて、何もないんですから」 「そうだな・・・」 横に並んで雛飾りを見つめる二人にはもう迷いはない。 わざわざ灯りをつけずとも、お互いに照らしあえる存在を見つけたのだから・・・ FIN |