空を見上げると、月食が始まっていた。
皆既月食は見る見るうちに進み、月が闇に食われてゆく。
眼鏡で矯正しているとはいえ、両目できちんと見ることのできた時
とは違って綺麗な夜空ではむしろ月がゆがんで見える。
それは1000人の妖怪を殺したあのときに人間の心を置き忘れて
きたからだろうか?
それとも、両方の目で人間と妖怪の双方を確認しろと言うことか。
目の前に映ったグラスの月の方がむしろ綺麗に感じる。
所詮は虚像だと知っているが、その方がむしろ安心する。
直接みる月は綺麗すぎて、そのまぶしさに思わず目を細める。
太陽の下もなかなか歩きにくいが、満月の夜もまた歩みを進めるの
が困難だ。
直接の問答無用な光よりも、むしろ柔らかく真実を写すかのような
光の方が、僕にはつらい。
仏道に帰依している彼なら、「くだらない考えだ」の一言ですんで
しまうかもしれないが、僕にとっては結構気になるところなのだ。
ゆがんだ月が食われ、その光を失ってゆくのを見ると、なぜかホッ
としてしまうのは不謹慎だろうか?
そしてすべてが食われると逆に胸騒ぎがする。
そんな僕はわがままでしょうか?
薄い光。
わずかな輝き。
それぐらいの方が自分には合っているような気がする。
神々しさのそばにある支えでいい。
それ以上でもなく、それ以下でも無い。
自分自身であるために。
FIN
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