夏の日(悟空&三蔵)




「あーーっちっちっちっちぃ」
悟空はものすごい勢いで、食堂に入ってくると、乱暴に席に着き、自分の手でぱたぱたと、仰
ぎ始めた。
「おばちゃーん、むぎちゃお願い。めっちゃ冷たい奴ね」
「はいはい、どこに行ってきたんだい?そんなに汗だくになって」
今回悟空たちが泊まっているところは、町の中心にある食堂兼宿屋で、1階が食堂、2階が宿
になっているところであった。
「うーーん、ここって、待ちの外にプールがあるよね?そこに行って来たんだけど、この宿か
らあんまり遠かったから、帰ってくる途中であせかいちゃったんだよ」
目の前に出されたコップを一気にあおり、ものすごい勢いでのどを鳴らしながら麦茶をあつく
てつらすぎるのどに流し込む。
一気に冷却される心地よさに思わずため息をはく。
「ぷはぁ!!うますぎ!!もういっぱいもらえる?」
気持ちよい飲みっぷりにおばちゃんも思わず見とれてしまう。
「はいはい、麦茶もういっぱいね。すぐ持ってきてあげるから、ちょっとこのタオルで、その
流れる汗をお拭き」
「さんきゅ、おばちゃん」
悟空は遠慮なくおばちゃんが持ってきてくれたタオルを首にかけ、そのはじをつかって、滝の
ように流れる汗を拭う。
あついときに一気に水分をとると汗がよけいに出るが、それよりも、目の前の冷たい飲み物が
ほしくなるのが自然の摂理である。
それがまた気持ちいいのも事実なのだから。
「さわがしいな・・・」
三蔵が眠たそうな目で、新聞を片手に階段を下りてくる。
「よう、三蔵、今まで寝てたの?もう昼過ぎだぜ」
「ん?どっかのばか猿が、やかましく入ってくるまではゆっくり寝ていたんだよ。昨日はだい
ぶ遅くまで調べものをしていたからな」
「はいはい、お坊さんもようやく起きなさったね。どうするんだい?朝御飯を用意するかい?」
今にも悟空をひっぱたきそうな三蔵を相手に宿屋のおばちゃんは遠慮がない。
それがまた、三蔵でさえも、くつろげるところであるというものだが。
「飯はいい、熱い茶をくれ」
「はいはい、解りましたよ。でも、おなかに何か入れておかないと、怒りっぽくなるからね。
食べても食べなくてもいいけど、おにぎりだけ用意させてもらうよ。いいね」
結局どうするか聞かれておきながら、朝御飯を食べることになってしまったが、別に三蔵は返
事をしなかった。
別に食べたくなかったわけじゃない。めんどくさかっただけだからだ。
おばちゃんは悟空のために持ってきたコップから冷たすぎて滴の落ちる麦茶をテーブルに布巾
と一緒におくと、またすぐに厨房へと戻っていった。
悟空が騒がしく入ってきてもこなくても、そろそろ三蔵が起きることを解っていたようである。
1週間ほど滞在していたのだから、そろそろコツをつかんでもいい頃である。
「しかし、朝早くから飛び出していったと思ったら、プールなんぞに行って来たのか?あんな
ところ、腹の足しにもならんだろうに・・・」
三蔵は悟空と同じ席に着くと、めんどくさそうに新聞を広げる。
話をしながら、めがねを通して走る視線は新聞紙の上の細かい字を追ってゆく。
「いや、こう毎日暑くちゃさぁ。いい加減うんざりしてこねぇ?外に出るとすぐに紅該児の連
中が大量に襲ってくるしさ、少しでもさっぱりしたいなぁと思って、行って来たんだ。ま、そ
れなりに楽しめたよ」
「そうか・・・」
言って三蔵は次のページをめくる。
ものの数分で新聞見開きを読んでしまう。
長い旅路の内に身につけた速読である。
いつ敵が襲ってくるかも解らないので、情報は収集できるときに収集しておくのだ。
「ところで、八戒と悟浄は?」
相手が新聞を読んでいることなどお構いなしに悟空はその場にいない残りの二人の居場所を尋
ねる。
「ん?オマエがわざわざ悟浄の心配をするとはどういう風の吹き回しだ?プールに行った帰り
に雨に降られなくてよかったな」
本気か冗談か解らない口調で悟空に視線をむける。
「俺が心配しているのは、悟浄じゃなくて、はっかい!!。だってあいつも三蔵と一緒に昨日
調べものしていたじゃん。ひょっとしてまだ寝ていたりする?」
「いや、奴らは朝出かけたぞ。オマエが出かけた後、そんなに間をおかないでだ。軽く声をか
けていったからな」
「ふうん・・・」
二人で出かけたと言うところに少しむくれつつも、目の前の麦茶をあおる。
「なんだ?一緒に出かけたかったのか?」
三蔵が意味深な視線を悟空に向ける。
「オマエ、なんか、よけいなこと考えているだろう?そんなんじゃないやい」
少し照れた表情をしながら、否定しても、全然説得力がない。
「んったく、わかりやすい性格だな。それが解っていて、プールなんぞに行ったのか?」
悟空は黙ってしまう。
そう、思っている人の気持ちを知っているから、自分は一人で出かけた。
でも、自分からそのことを言うつもりは更々ない。
たとえ、一番信頼を置いている三蔵であっても・・・
「だからそんなんじゃないやい!俺は今日起きたら、めっちゃあつかったから、近くにプール
があるって聞いたから、行って来ただけ!それ以上でも、それ以下でもないんだよ!」
残りの麦茶を一気に飲み干すと、悟空は階段を一気に駆け上がり、自分の部屋に引っ込んでし
まった。
「ふぅ、世話の焼ける奴だ」
「おや?あの元気な子はどっかへ行っちゃったのかい?あんまりいじめるもんじゃないよ。難
しい年頃なんだろ?」
何にも知らないおばちゃんの言葉に思わず三蔵は苦笑する。
こんな表情の三蔵を見ることのできた宿屋のおばちゃんはある意味幸せかもしれない。
この男は滅多にこういう表情はしないのだから。
「そうでもないさ。奴は意外に自分の事を解っている。後は自分の気持ちに踏ん切りを付ける
だけだ」
目の前におけれる、湯気が立つお茶と、2つ並んだおにぎりを見て、三蔵はようやく新聞を畳
んだ。
「それが、なかなかうまくいかないから、むずかしい年頃なのよ」
そういって立ち去ろうとしたおばちゃんに三蔵は声をかける。
「すまんが、昼食を多めに用意してくれないか?あの馬鹿猿をなだめておかないと、後々めん
どくさいのでな」
呼び止められたおばちゃんはちょっと振り向いてから、くすっと笑った。
「なんだ?」
いぶかしげな視線をおばちゃんに向ける。
「そんな怖い顔をしないでよ。心配なら、心配って言えばいいのになって、思っただけなんだ
から」
そういいながら、「注文は受けたから、あなたもちゃんと食べなさいね」と言葉を残して、お
ばちゃんは再び厨房に戻っていった。
「そんなセリフ、死んでもはけるか・・・」
と、三蔵が言ったのかどうかは誰も知らない・・・

FIN





1999 08/23 wrihted by ZIN
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