満月の夜の晩に(三蔵&八戒)



「よぉ」
三蔵は、八戒の部屋のドアの前で、ウイスキーの入ったコップを掲げてみせる。
「どうしたんですか?こんな時間に」
八戒は窓の外を見ていたのか、窓際にいすを起き、座っていた。
「いや、ちょっと酒飲み仲間を捜そうと思ってな」
「別にかまいませんよ、僕でよろしければ」
三蔵は、その言葉には返事をせず、部屋の中にはいると、机の横にあったいすをつかみ、八戒の隣へと並べた。
「お酒は?」
八戒が少し不思議そうな顔をすると、三蔵は、袖の中からボトルを一つ取り出した。
「なるほど・・・」

二人はグラスに改めて酒をつぎ直すと、軽くグラスをあわせて飲み始めた。
「それにしても、僕の部屋に飲みに来るなんて珍しいじゃないですか?」
三蔵はしばらく窓の外を眺めていたが、ふっと八戒の方に向き直り、その目を見つめた。
「いや、今日は満月なものでな・・・」
「あ、なるほど」
八戒はそれだけですでに三蔵がなにを心配しているのかを察した。
「気苦労が耐えないですねぇ」
にこやかに冗談を言う八戒に、三蔵は少しむっとした顔になる。
「誰のためだと思っているんだ、全く」
「感謝していますよ。だって、私にこの名前をくれたのは、あなたなんですから」
そういって、八戒はもう一度窓の外に明るく輝く月を見上げた。
「もうああいうこともないですよ。大丈夫」
「だといいのだがな。やはりどうも、満月を見つめるおまえは何かいつもと違うようだ」
「それは仕方のないことですよ。だって、彼女が死んだのもこんな満月の日だったんですから」
そういって、八戒は、自分の顔に手を当てて、少し視線を三蔵からはずした。
その瞬間に一瞬だけ冷徹な陰が見え隠れすることに三蔵は不安を抱いていた。
「そうか、仕方がないならいいのだが、目的を達成するのであれば、俺らにも一言かけろよ」
「ええ、わかっています。もう、あなた達は、家族も同様ですから」
「だといいがな・・・」
三蔵は、また月を見た。
八戒もまた月に視線を戻す。今はいつもしているめがねをしていない。
三蔵は月を見上げる八戒をみて美しいと思う。
初めてであったときもこの男の瞳は鮮やかなグリーンだった。
それは今も変わらない。
しかし、目の前で姉が死んだときからよく見えないという右目は未だに曇ったままだ。
左目は俺たちをみている。
しかし、右目にはまだあの姉の姿が焼き付いているに違いない。
それが、八戒を・・・・・新しい猪悟能の人生をじゃましているのだ。
この男の右目の曇りがとれるのはいつになることのなのだろう?
この男が、俺たちをきちんとみてくれるのはいつのことなのだろう・・・
三蔵はそんなことを考えながら、月を見つめる八戒の横顔を眺めていた。
「どうしましたか?」
八戒の言葉にはっとしたように、我に返る。
「いや、何でもない。ところで、その右目は治らないのか?」
とっさにそんなことを聞いてしまう。
言ってしまった後に三蔵は『しまった』という顔をした。
普段は滅多に感情を表に出さない性分なのに、たまたま意識を違うところにおいていたためによけいなことを言ってしまったのだ。
そう、自分でさっき思っていたように、八戒の右目は、精神的な損傷によるモノだからだ。
医者によれば、機能的な障害はもう無いはずだという。
後は、精神的な問題だと・・・
そう、曇って見えるのは、精神が曇っていおる証拠でもあるのだ。
それは、未だに八戒が迷っていることの証でもある。
魔王の刺客によって、殺された姉の無念を晴らすのに、直接的に手を下した清一色は片を付けたが、その大本はまだ手つかずのままだ。
それを八戒にうち明けられたとき、三蔵は自分で、お尋ね者の「悟能」ではなく、「八戒」という名前を与え、他人にじゃまされずに生きる道を与えた。
そして、自分の目の届くところに置くと言うことで、神々にも、許しを請うたのだ。
そのいきさつを自分で作っておきながら、八戒に目のことを聞くのは自分でも不注意だったと思う。
三蔵は、自分の不注意に唇をかみ、視線を八戒から逸らした。
「そんなに気にするほどのことではありませんよ。あなたにいただいたものはそれ以上ですし、それぐらいのことで、僕はとやかく言うつもりはありませんので、安心してください。」
「ああ、すまない」
三蔵は、その八戒の言葉に少しほっとしたような顔になったが、多少は気にかけているようだ。
「月が大分傾きましたね。もう結構遅い時間です。そろそろ寝ませんか?」
「ああ、そうだな。思ったよりも長居をしたようだ。悪かったな。」
「いいえ、気になさらずに・・・三蔵と久しぶりに飲めて幸せでしたよ。いつでもどうぞ。」
「ん、わかった。じゃあな」
そう言って、三蔵は八戒に軽く挨拶をすると、部屋の扉を閉めた。
そして、廊下にもたれかかると、大きなため息をついた。
「ち、あいつまだ無理してやがる。花楠の存在はそれほどなのか・・・やはり、仇をきっちりとらないと、理性ではわかっているつもりでも、体が拒否を起こすんだろうな・・・しかし、仇をとったところで、それはそれでまた違う問題を残す」
三蔵はもう一度大きなため息をついた。
「結局どうにもならないのか?くそぅ」
一気にグラスに残った酒をあおると、三蔵は自分の部屋へと戻っていた。

八戒はまだ月を見ていた。
三蔵の優しさがわかっていたから。
花楠が死んだ夜は満月の夜だった。
しかし・・・・・・・・
三蔵と出会ったときも満月の夜だったことをあなたは知らない。
僕は、どうしようもない不幸を先に手に入れてしまったけど、それを補ってあまりあるほどの幸せを同じ満月の日に手に入れているんです。
あなたがあなたである限り、僕は大丈夫です。
そう、三蔵が三蔵である限り、僕は八戒であることができるのです。
今の僕の存在はあなたにもらったモノだから・・・・・

FIN





1999 02/12 wrihted by ZIN
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