「さて」
八戒は軽く用意をすると、ログハウスを出て町へ向かった。
せっかく用意した前線基地がなんの意味もないほどの平和な陽気。
町までの道のりも何事もなく通り過ぎた。
「先日までの襲撃の頻度はなんだったのでしょうね」
ついつい八戒も独り言が多くなる。
今までは旅を続けながらでも十分しのげてきたのだ。
それがここ数週間のレベルで毎日ひっきりなしの襲撃。
紅骸児一味の襲撃はほとんどなくなり、玉面公主の手のものと思われる一団と差し金が不明の襲撃が急激に増えてきたのだ。
「ひょっとすると新しい敵ができてしまったのでしょうか」
さすがの八戒も多少しんどそうな顔になる。
飄々としつつも心配事をするのが癖なのだ。
「っと、お医者さんはここでしたね。あとで三蔵と悟浄のタバコも買っていってあげましょう」
言いながら医者の門を開ける。
ギィ。
扉は大きな木製。
きしむ音から察するに少々古いつくりのようだ。
町も今日は静かであまり人を見かけない。
こんなに静かな町並みだっただろうか。
八戒は首をかしげながらも診断してもらうことを優先することにした。
何もわざわざ自分で不安要素を調査しなくても良いはずなのだから。

扉をあけると奥へと少し道があり、多少この家が大きなつくりであることがわかる。
道を進むと、玄関らしいドアの上にこの町の名前と医院という表札があった。
「お医者さん・・・で正しいようですね」
町の規模と比べて思ったよりも大きい病院につい確認の言葉が出てしまう。
「こんにちわ〜」
そろりとドアを開けて中を覗く。
開けたドアの中はすぐに待合室のようだが、誰も人がいない。
「・・・?」
病院に人がいないことは良いことなのだが、一人もいないというのは不思議である。
大概町のご老人達の集会所と化しているのが関の山であるのだから。

「こんにちわ〜」
再度声をかける。
誰もいなければ、医者もいないということになり、当初の目的は果たせない。
早々にログハウスに戻って療養に専念せねば。

「は〜い。すみませーん、ちょっとまってもらえますかぁ?」
奥のほうから明るい声が聞こえた。
看護婦であろうか。
シーンとした待合室に響く声にしては非常に違和感があったが、待ってくれといわれた以上、待合室で待つのは当然である。 ものの数分で奥から看護婦が駆けてきた。
「すみませーん。ちょっと今日は難しい手術が入っちゃってたんで、どなたも来ないように町には回覧板を回していたんですけどね〜。って、あれ?貴方はこの街の方ではないですね?」
背の小さめなかわいい感じの看護婦である。
目が大きく、表情がよく変わる。
「えっと・・・この町から少し外れたところをお借りしている旅行者のものです。体調が優れないのでお伺いしたのですが、ご多忙ということであればまた改めてお伺いしますが・・・」
なるほど、医院内に誰もいないのもうなずける。
告知が出ている以上、急患でもない限りは誰も来ないのだろう。
当然である。
そんななか、訪れてしまうとは自分の運のなさを少々呪った八戒であった。

「あぁ!」
ぽんと手を合わせる。
「例の柳夕さんちのログハウスを借りた人たちですね♪」
本当に表情がよく変わる女性だ。
何となく八戒の顔がほころんでしまう。
「なるほどー。それでは回覧板は回らないですねぇ。すみません、連絡ができなくて」
女性は平謝りする。
「いえいえ、よくわからないまま来てしまった僕も悪いので、そんなに謝らないでください。それではまたお伺いしますので・・・」
そう言って立ち去ろうとすると、その女性が声をかけた。
「あ、大丈夫ですよ。ちょうど手術も終わったところですし」
「いや、先生もお疲れでしょうし、また来ますよ」
「先生なら大丈夫ですよー。今日はずいぶん調子良いみたいでしたので」
「調子良い?」
「たまに体調崩すんですよー。でも、今日は大丈夫です♪せっかくいらしたんですから、見てもらっちゃった方が安心できますよっ♪」
さぁさぁと、八戒は診療室へ連れて行かれた。
「先生ーっ!患者さんでーっす。どうも寝不足が続いているみたいですよ〜。顔色が悪いとご一行さんに言われたようで」
「どうぞ〜」
がちゃりとドアを開けると、奥に一人の医者が座っていた。
隣にはカーテンを引いたベッドがある。
そちらにはおそらく先ほどまで手術を行われていた患者が寝ているのだろう。
がちゃり。
診療室に入ると、後ろで看護婦がドアを閉める。
「・・・?」
八戒は違和感を感じた。
『体調が優れない』とは言ったが、『顔色が悪いと三蔵たちに言われた』とは言っていない。
「・・・どなたですか?」
スッっと戦闘態勢になりながら、八戒は医者を強く見つめる。
「イヤー、ばれちゃいましたかねぇ。やはり貴方は勘の鋭い人だ」
振り向いたその顔は良く知っている顔であった。
むしろ忘れることなどできない。
自分を妖怪にした原因の一端。
そして自分の手で止めを刺した相手。
罪。
その牌は確かに砂塵となって崩れ落ちたはず。
その、
自分が確かに、
止めを刺した相手がそこにいる。
「あらあら、後ろががらあきですよ」
神妙なシーンに妙な明るい声が耳元で聞こえた。
「!?」
首筋がちくっとした瞬間、八戒の意識は途切れた。
がたん!
八戒が崩れ落ちる。
その様子を見て、医者はつまらなそうな視線を投げた。
「ちぇっ。せっかくの逢瀬を台無しに・・・」
スッと細い視線だが鋭いまなざしを看護婦に向ける。
「いや・・・あの・・その・・・」
ガタガタと看護婦は震える。
「す・・・すすすす・・・すみ・・・すみませんっ・・・・!!」
「別に良いです。貴女にはまだ働いてもらわないといけませんから」
そう言って医者はデスクに向かいなおす。
「その人を一番奥の病室にくくりつけて置いてください。あぁ、別に悪戯してもかまいませんよ。その方が彼も悦ぶでしょうから」
「・・・ハイ、ありがとうございます」
看護婦は少し頬を赤らめると、八戒を引きずってドアの外へと出て行った。
部屋の中が静かになる。
「さて・・・」
医者は何かを握り締めた。
ごりっ。
二つの物体が軋む音を立てる。
「ようやく来てくれましたね、猪悟能。毎日夢を見せた甲斐がありました。しかも独りでやってくるとは。非常に好都合ですね」
クックックと肩を震わせる。
「さてさて、どうしてあげましょうかね・・・」
ふっと上を見上げる。

ボキャっ!!
一瞬の静けさの後、カーテンの向こうで何かがはじける音がした。
「ごぼっ!ぐはぁっ!?!?ぎゃああああああ!!!!」
バキバキと何かが裂ける音と、断末魔の悲鳴が大きく叫ばれる。
仕切られたカーテンに点々と赤い雫が飛び散り、薄明かりに透けて寝ていた人型が蟹の様になり、大きく蜘蛛のような様相を見せたかと思うと、一気に小さくなっていった。
ごぽごぽと何かが沸騰する音がしばらく響き、そしてまた静けさが訪れた。

「・・・失敗でしたね」
派手に赤い雫のついたカーテンを少しだけ一瞥すると、医者はつぶやいた。
「なかなかうまくいかないですね。実験が成功すれば、また現世に戻れるというのに」
その医者の手には二つの牌が握られていた。
一つは『夢』
一つは『現(うつつ)』
「早くしっかりとした身体を確保しなくては」
医者は立ち上がると、八戒を連れて行かせた部屋へと向かうことにした。
「まずは夜まで・・・。ククク」


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2005 01/25 written by ZIN
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